わるくない。


by moriwo27
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:お宅も是非( 57 )

復活!!おすそわけ制度

八百屋さんはきっと野菜が安く手に入るだろうし、
農家の人はもっと野菜が安く手に入る。
そして色んな卸とかを経由する過程で値段はかなり高くなってしまう。

職業やその人の環境によって、それぞれ手に入る特権は違って、
その特権をうまく利用した制度が「おすそ分け制度」であると思う。
本来、近所づきあいの激しい地域では、
自分の特権をいかして安く手に入るものを
他人におすそ分けることの代わりに、
他人の特権をおすそ分けられるのだろう。

これはなんて合理的な制度なんだろう。
このほうが皆が幸せになれること間違いない。

この制度ではおすそ分けられる人は
自分がおすそ分けれるタイミングでお返しをすればよく、
両者供に見返りなどは期待すべきでも期待されるべきでもない。
いずれまわり回って自分に帰ってくるんちゃうん?的な発想が必要だ。

おれは現在近畿最北端の北風が厳しい海地域に住んでることもあり、
職業上もしくは学業上の特権で魚が手に入る。
おすそ分け制度を復活させるためにも、
「まず隗より始めよ」的な発想で、魚料理を実験所の皆に振舞っている。
b0065070_001347.jpg
b0065070_005819.jpg

すると、まわりまわってかどうかしらんが、
前からやりたかったゴルフをおしえてくれる知人に出会う事ができた。
しかもタダ打ちっぱなし&コーチをしてくれるという最高の待遇。
いろんな人に感謝感謝です。

皆一つや二つ得意分野があるはずだから
それをおすそ分けしてみるのはいかがでしょうか??
まわりまわって、「情けは人のためならず」になるカモネ。

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-11-02 23:28 | お宅も是非
最近グレープフルーツをよく購入する。
理由は果物の中で最も好きだからだ。
一個100円の大玉のを買うか5個で300円の小ぶりのものを買うか
迷う結果、毎回小玉のほうを買ってしまう。

ひょっとしたら、食べる実の部分で考えると大玉のほうが
安いのではないかと思うが、大きいのはためらってしまう。

例えば直径が10cmと12cmのものでは
重量は125:216と、二倍近くになっているから
ひょっとしたら、大きいものの方がお得かもしれないが、やはり小さいほうを買う。
貧乏性かも。

そんなグレープフルーツを食べるのに問題点が一つ。
それは一個一個、グレープフルーツの食べやすさが違う点だ。
食べにくいグレープフルーツとして、以下の点が挙げられる。

●仕切り間隔が短い(身が細かく皮によって分断されている)
●実がカシュカシュになって乾燥しかけ
●皮と実の部分が癒着している。

これらの基準をクリアしているグレープフルーツに当たると心が小躍りする。
逆に、大半のものはこれのいずれかに相当すると考えてよい。

そして我々グレープフルーツ愛好家にとって、憧れの的は
ずばり、お弁当に入ってる「剥いてあるグレープフルーツ」だ。
あれを作成してくれる、そして弁当とは別のたっぱーに入れてくれている
お母さんを持つ友達には正直嫉妬した。

そして、庶民レヴェルの憧れとしては、
半分に切ったグレープフルーツをスプーンですくった時にまれに達成できる
あの△形(四面体みたいなもの)の大きな塊だ。
このゴールデントライアングルを作成するためには
上記にあげた三点の基準をクリアしたグレープフルーツでないと達成できないと思っていた。

しかし、
遂にその三点が満たされなくてもGT(ゴールデントライアングル)が達成できる
グレープフルーツの食べ方(スプーン捌き)を発見した。
この技術があればもうグレープフルーツをしつこくほじくる作業は必要ありません。
誰でも大きな大きなグレープフルーツの実を食べることができるこの技術。
あるある大辞典に採用されること間違いなし。

今なら、その技術が詳しく載ったパンフレットと
やさしい指導付きで、お値段ズバリ!!!

3980円!!!!

3890円!!!!

これはお値打ち。

詳しくは資料請求こちらまで→0120-5610-5610(ゴールデン・ゴールデン)

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-10-31 21:47 | お宅も是非

自己責任

どうやらここ舞鶴は夏の次にはすぐに冬が来るらしい。
秋の味覚&読書&スポーツ&昼寝に適した環境はすぐに去り、
ちょっと夜になると冷え込んできた。

でも冬になっても、おいしいものはやってくる訳で
鍋とかおでんとかビールとか本当に幸せな食事がやってくる。

中でも冬限定の食べ物としては牡蠣が好きだ。
あの生牡蠣のぷるぷる具合も好きだが、
酒蒸しにした時のなんともいえない磯の旨さを凝縮した匂いがたまらない。

先日、ふとしたきっかけで牡蠣養殖業&作家である
畠山重篤さんを舞鶴の牡蠣養殖場に連れて行く機会があった。
そこで「牡蠣の安全フォーラム」てゆー三重県で開催されたフォーラムの話を聞いた。

それによると、
牡蠣にあたるかどうかは牡蠣の鮮度で決まるのではなく、
もともと牡蠣にノロウイルスというウイルスが混入しているかどうかで決まるのだと。
そもそも何百個か何千個に一個程度は混ざっているものらしい。
なので、そのフォーラムでは生で牡蠣を食うことはそのリスクも
ふまえたうえでの自己責任で食べなさいとのこと。

ふーむ。なるべく食べないでおこう。
しかし、あのぷるぷる・ぷりぷり感は何物にも変えがたい。

もう一つ。

牡蠣のノロウイルスはもともと人体の中にあるものらしい。
それが汚水と供に外の海へと流れ出し、
牡蠣を通じて再び人体の中に戻ってきて腹痛をもたらすのだ。
これもまた自己責任。

二つの自己責任をとるかどうかはあなた次第です。
おれはあたらない気がするから食べるけどね。

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-10-25 22:22 | お宅も是非

濃いめ・硬め・多め

確かに顔&髭は濃いし、
髪の毛は剛毛でバリ硬めだし、
髪の毛の量は「すきバサミが切った後切れ味悪くなる」(木村さん談)くらい多い。

だけどもそんなことを書いてもしょうがないので
今日書くことは「ラーメン」の話。

ちまたではラーメンのスープを”濃いめ”、
麺の湯で加減を”硬め”で、
ネギを通常よりも”多め”に入れて欲しいときに
「濃いめ・硬め・多め」という。

おれはあまりそのように注文しない。

なぜかというと、スープが濃すぎると、
始めはよいのだが後になってどんどん喉が渇いてくるし、
麺の湯で加減は店の主人が編み出した究極の湯で具合で出てくる訳だから、
素人がどうこう注文つけると逆にまずくなる気がする。
しかもネギを多めにするとラーメンスープの温度が下がってまずくなる。

ラーメン一杯は主人の試行錯誤の集大成で、そのバランスを崩すのは気が引ける。

カップラーメンもしかり。
高校時代よくデイリーストアーに溜まっていた時に
カップラーメンの汁を半分しか入れずに食べている猛者がいた。
も●くんは、どんべいが半分しか湯に浸かっていない状態で
しかも3分待たないといけないところを1分くらいで食べていた。

そして、「濃いめが好きやねん。麺は硬めが好きやねん」
といって、まだほぐれていない麺をうまそうにほぐしながら食していた。

あれをカップラーメン開発者がみたら泣くと思う。
開発者は試行錯誤を繰り返して、なんとか一番最適な
状態で食べて欲しいと願っているのにもかかわらず、
それを「もうかまんできない」状態で食べられてしまう。


先日そのような技術開発者の意気込みをフルに堪能しようと
カップラーメンを作るときはお湯を線まできちっといれ、
きちっと三分測って、
しかも液体スープをきちっと残りなく入れれるために、
お湯で液体スープ袋の内部をすすいで完全に入れて食してみた。

すると、なんだか味が濃いように思えた。

はっ!!!

そうか、やつら(開発者)は液体スープが少しは袋の内部に
こびりついて利用されないってことを計算して
わざと多めに入れる計算をしているのか。

しくった。なんでもやりすぎはよくないね。

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-10-19 14:12 | お宅も是非
昔むかしといっても小学生の時くらいかな、
下校途中に階段があると、よく「グリコ」をやっていた。

皆さんもしたことがあるだろうが、
「グー」でじゃんけんに勝った場合には「グ・リ・コ」の合言葉と供に3段登り、
「チョキ」で勝った場合には「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」と喜びながら6段登り、
「パー」で勝った場合には「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」と6段階段を踏みしめる。
階段はちょうど上がらなくてはならず、もしも余った場合は登った後、
余った分だけはねかえされるといったルールだったはず。

このルールにはかなりのかけひき(ゲーム理論)が凝縮
されていることに最近になってようやく気付いた。

例えば、一方がゴールに近づきあと3段でゴールするといった場合を考える。
このときもうすぐゴールする方からすると、
グー以外のもので勝った場合跳ね返されて再び残り3段の位置に
戻ってしまうので、なんとしても「グー」で勝ちたいわけだ。

後ろから追ってくるほうからすると、
彼には絶対に「グー」で勝たしてはいけないため
「チョキ」を出すはもってのほかだ。そして選択肢は「パー」か「グー」に絞られる。

リードしているものは上記のように追っ手が考えているだろう事を見越して
相手は「パー」か「グー」しか出せないだろうから、
「グー」を出しては負けることが多い。
そこで「パー」を選ぶという選択肢をとるしかない。

「パー」で勝った場合リードしているものにとっては利点は少ないが
(追っ手の追撃を逃れられるくらい?)
この場合仕方ないだろう。

となって、両者「パー」の出し合いになる。
もしくはリードしているものが「パー」で勝ち続けることになる。

これではゲームが進行しないので、
負けている方がチャレンジしていつかは「チョキ」を出さなくてはならない。
ずっと「パー」を出す&機会を見計らって「チョキ」を出す作戦で差をつめるしかない。

リードしているものからすると、その「チョキ」を狙い打って「グー」を出すしかない。

この駆け引きはかなり高度なものだ。
このような駆け引きがリードしている段数や残り段数によって
時々刻々と変化するのでたまらない。

問題点は3の倍数の階段しかこのゲームできないこと&
大人がやると最終的に決着はつきにくい点だ。

しかしお宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-10-04 18:23 | お宅も是非

類は友を呼ぶ

街角では似たような格好・雰囲気の女子高生がたむろしており、
なぜかわからないが同じような感じの男子校生が一緒にしゃべっている。

親父の知り合いの人と会う機会があるのだが、
皆どことなく似たような教師っぽい雰囲気を持っている。

おれの高校時代を思い出しても、いつも集まるのは体育会系のスポーツ好き。
アホなノリが好きなくせにどこか(実は)真面目で負けず嫌いな奴ら。

同じ空気を感じて集まっているのか、
集まるうちに同じ空気が漂うのか。
ニワトリが先か卵が先か。
おれはニワトリの卵が好きだ。


水中でも同じような光景が繰り広げられる。
群れになって泳ぐ魚はたくさんいるのだが、
その群れは大概が一つの種類で構成されている。

重要な相違点は魚には自分の姿が見えないってこと。
自分の姿が見えないくせに、どうやって自分と同じ種類の仲間とばかり集まれるのか?
魚は鏡を持っていないからわからないはずなのに。
「おれ、この群れであってるよな?」
とはなかなか聞けないはずなのに(恥ずかしくて)。

一つの仮説は、遊泳力の違いによって次第に一つの種類に絞られていくというものだ。
つまり、早すぎるものは違うもっと早い群れを求め、
遅すぎるものは群れのスピードについていけず、自分と同じスピードの群れに行く。
そうやって群れはだんだんと同じ種類になっていくのだとか。


置いていかれないように気をつけないと。
そして負けず嫌い集団や魚好き集団や色んな仲間を引っ張るようにならないと。
「ちょっとこれ遅いんちゃうん?」と言わないと。
麻雀では勝ち続けnight。

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-09-22 00:03 | お宅も是非
ツノをつけて、暴れ牛のポーズをして、四つんばいになったら
「あー、牛の目線はこんな感じなんだな。以外にツノも視界に入るんやな」
とはじめて気付いた。

それは「ウシニナッテ・ハジメテ・キヅクコト」!!!!\\(・。・)

ノリつっこみ失敗。。。

じゃなくて、今回は「失って初めて気付く事」をテーマにする。
なんでこんなテーマを選んだって?それはあとからおいおい説明する。
(↑最近山すけにウエストゲートパークを借りたから表現をパクってみた)

陸上で生活することが当たり前になっている現状で、
「あー、酸素って本当にすばらしいですねー」とは思わない。
しかしながら、水中で息を止めて魚を見ていると
そのうち息苦しくなってあがってしまい悔しい思いをする時は、
陸上で酸素がありふれている素晴らしさを実感できる。
水中では(酸素が得られない状態では)魚を凝視することすら難しい。

もしも水中で絵画の展覧会があったとしたら、皆パッと見の印象でしか鑑賞できない。
もしも水中でオークションがあったら、息が長い人が落札できる可能性が高くなる。
もしも水中に熊が現れたら、死んだフリをできない人から食われてしまう。

でもそんな状況はまれ(?)で「あー、酸素って素晴らしいですね」
とは普通の人は普通の生活をおくる上でそうは思わないだろう。

もっと身近な例を出すと、
病気になってから初めて健康な状態の大切さがわかるってのがわかりやすいかな。
今まで問題なく動いていたものはいつまでも動き続けるという錯覚に陥りがちだが、
病気になると急にその問題なく動き続けてくれていたことに感謝しだす。


先日、テニスのシングルスをやった。ぶっ続けで2時間ぐらいやった後
(2:1で勝ったよ)、ストレッチもあまりせずに放置して寝た。
あくる日の朝、足の太ももの裏の筋があまりにも痛く、
その他の部分もいたるところに激痛が走る。

その中でもびっくりしたのが足首の付け根のむこうずねの周り筋。
すねの上のほうが痛くなるのはよくあったが、足首のまわりの筋肉が
痛くなったのは初めてかも。グネッたわけではないのに。
こんなところにも筋肉があるんだなと
勿論当然ながら驚いてしまった。

その翌日は足首のつけ根筋痛で歩きにくかった。
今まで歩行を補助してくれていたこの筋肉に感謝の意味をこめて
この筋肉ブログに記す。

ストレッチは大事だ。
筋肉に感謝も大事だ。
お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-09-20 21:05 | お宅も是非
一体、このブログがどれくらいの人に見られているかが無性に気になる。
いや、人数はわかるシステムなので、その内訳が気になる。

基本的におれの友達の一部くらいにしか公開していないので、
見てくれている人はほとんどおれの友達と考えた。
連日20件くらい見てくれている人がいるのには驚く。
と同時にそしてあまり書き込んでくれないんだなー、ということにさみしさを覚える。
これはおれのテクニック不足か・・・・。

ここで、数えてみた。一回でも書き込みしてくれた人から順に。

ビバシンユタ君キョンキョン九九マン・モトコ・かきpKさんダイチャソ・モックン・イッセ・マッキ・ムラムラ・カネミチ・山すけ

少ない。14人。

他はだれが見てくれているのだろうか?
何人かは見てるよ的なコメントを言ってくれているのでわかるけども。
なんか、チラ見逃げってさみしいやん。

毎回書き込んでくれとは1歳一羽ない(一切言わないの変換)が、
一人で放置されるとさみしくなるのでよろしく。

いつも書き込んでくれている方々あざーす。
感謝感謝です。

お宅も是非カキコ。
[PR]
by moriwo27 | 2005-09-17 22:55 | お宅も是非

服装が行動を規定する?

家にいるときはジャージかバスパンだ。
家にいるときは髭をそらない。メンドクサイから。
家にいるときは、一日くらいお風呂にはいらなくったて平気だ。


それはないか。


同じく、実験所にいる時はジャージだ。
もしくは髭をそってない状態でのジャージだ。
履き物はサンダル(といっても便所サンダル)だ。

これはまずい。
とってもまずい。
買い物に行くときもサンダルだ。

おれのホームタウンは舞鶴じゃなくて京都市内さという
甘え(ぬかり)のため、舞鶴ではとてもとても手抜きな格好だ。

そんなこんなで、こっち(舞鶴)ではどうしても出不精になる。
昼ごはんはあるもので作ればいいかと思う。
晩御飯は、釣りで調達すればいっかと思う。
自給自足かんを味わってる。

今日、ふと要するに面倒くさいことが最大の敵だということに気付いた。
その面倒くささを助長しているのは、服および格好がテキトウだということに気付いた。
そうだ、ジャージをやめて街中にいる格好をすれば、
自然と外に出て行きたい気分になるんじゃないかと。

とりあえず今日一日普通の格好で過ごしてみた。
すると、外にちょっと出てみようかという気持ちにすぐなった。

あー、やっぱり気合の抜けた服装からは
気合の抜けた生活しか生まれないんだなと気付いた今日この頃。
みなさんもまず服装から見直してみては。

言われなくてもわかってるか。。。。。

お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-09-16 22:22 | お宅も是非
昨晩世界柔道を見た。
鈴木桂治がなんと男子初の三階級制覇した。

やばい。

全試合見たが圧倒的に強かった。

一本勝ちを次々と決めていくさまは
まるで相手が弱いかのような錯覚を起こさせた。


いったい鈴木選手はどのような練習をしているのだろうか??
そもそも練習相手になる人はいるのだろうか??

鈴木選手は以前の大会では無差別級で優勝している訳で、
ってことは世界中で一番強い柔道家とも言える(今回無差別で優勝した選手も強そうだが)

んじゃ、自分よりも強い奴はいないわけだ。


ってことは極論を言うと練習する相手は全て格下なわけだ。
(今回は棟田・井上がいないことを想定して考えてみる)

なるほど武道の世界最強チャンピオンがチャンピオンになり続けることは難しいわけだ。
練習相手がいないのだ。
女子の選手だったら男子の選手と対戦すればいいし、
軽量級のひとならば重量級の人と対戦すればいい。

人間とは自分の限界を超えたところに挑戦し続けて強くなるのだと思っていた。
時速140kmのボールしか打つ練習をしていない人が
時速160kmのクルーンのボールは打てないと思っていた。


しかし最重量級のチャンピオンは最強ゆえそのような自分よりも力がある人と練習できない。
つまり将来160kmのボールを投げる相手に対する対策を練ることができない。
自分を磨くことがとても難しいんだとおもう。

水泳の選手が自分の世界記録を更新しようとする練習のように先が見えるわけでもなく
目標というものが立てにくい。
目標はおそらく強くなることだが、自分よりも強い相手が出てきた時の対策の練りようがない。

もしも自分よりも力のある相手が出てきたらどうするのだろうか?
試合中に、「こんな強い奴とは戦ったことないなー」とか思うのだろうか?

そのような未知の力を持った選手をなぎ倒して世界一になり続けるチャンピオン。
いつの日か、160kmのボールが来ても打ち返せるような練習を
140kmしか出ないピッチングマシーンを使って繰り返しおこなうさま。

その難しさ・格好よさに始めて気付いた世界柔道。
熱戦は今日も続く。
お宅も是非。
[PR]
by moriwo27 | 2005-09-09 11:00 | お宅も是非